いつものごとく、いつもの小料理店    花の里。既に暖簾は下ろしてあり、店内には右京と薫、たまきの三人だけが残った。

「えぇ?たまきさんの従姉妹!?」
「ええ。ですから彼女とは、一年ほどは身内だったということですね」

池袋の事件現場で初めて見かけた女刑事について問い掛けると、右京は落ち着いた口調で言ってきた。薫は驚きのあまり絶句し、右京とたまきとを交互に見やる。たまきはくすくすと笑いながら静かに手元を動かしているばかりだ。

「へぇ……あんま、似てませんね?」
「そうかもしれませんね。はい、どうぞ」
「あ、どうも」

たまきから手渡された小皿を受け取り、薫はまた忙しなく箸を動かす。今日は例の事件の聞き込みに回り、腹の中がすっかり空っぽになっていた。

「でも彼女、大阪から来たんでしょ?大阪にいた従姉妹なんて、何で右京さんが知ってるんすか?」
「いえ、さんは元々東京のたまきさんの実家で生活していたんですよ」
「へっ?」

まったく事情が飲み込めず、顔を上げてカウンターの向こう側を見る。彼女は手元を見下ろしたまま、穏やかに言ってきた。

は早くにご両親を亡くしてるから、うちの両親が引き取って一緒に暮らしてたんです。年の離れた妹みたいなものですね」
「それが、大阪で就職したんすか?何でわざわざ」
「彼女は、大阪の大学に転学しましたからね。そのまま向こうで就職したんでしょう。確か、そうでしたね?」
「……ええ」
「あ、この煮物、美味いっすね」

里芋と豆の煮付けを頬張りながら、薫は声をあげる。

「でもそれくらい親しかったのに、今回こっちに戻ってくるってたまきさんも知らなかったんすよね?普通、姉妹も同然に育った従姉妹にならそれくらいのことは話すでしょ?」

別段他意はなく、何とはなしに言っただけだったのだが。
たまきが不安げに俯くのを見て、薫は自分が触れてはならない領域に触れていることに気付いた。

「す、すいません……俺、余計なことを」
「いいえ」

たまきは首を振ったが、それでもこちらの問いに答えようとはしなかった。ばつの悪い思いで、脇を向く。
つぶやいたのは、右京だった。

    よほど、知られたくはなかったのでしょうね」

薫は再び二人の顔を見たが、そこには完全にそれ以上の詮索を拒む気配が窺えた。
二人はそれを、知っている。
だが自分が土足で踏み込むべき領域ではないのだろう。取り分け、たまきがあの様子では。

忘れよう。どのみち、関係のない話だ。

薫が一気にグラスを開けると、微笑を取り戻したたまきがまた新たにビールを注いでくれた。
「はぁ?あの杉下右京の別れた女房の従姉妹?」
「道理で。警部殿にどこか似てると思ったぜ。やっぱり身内は身内だな」
「あ、もちろん血の繋がりはないけどな」
「んなこたぁ分かってるよ」

その日の喫煙室には、稀に見る光景があった。特命係の亀山薫と捜査一課の伊丹憲一、三浦信輔の三人が同じ灰皿を囲んで話をしている。話題は先日の事件現場で発覚した杉下右京ととの繋がりの件だ。伊丹と三浦は亀山からの情報に少なからず驚いたが、あの二人がある意味で身内だったという事実は同時に彼らを納得をもさせた。
吸殻を灰皿に落とし、伊丹は三浦と相槌を打って喫煙室をあとにする。鬱陶しいことに、亀山薫までその後ろをちゃっかりとついてきた。足を止め、うんざりと振り返る。

「なんだ、ついてくんな亀!」
「そりゃないだろ、伊丹くん?こっちは面白い情報教えてやったっつーのに」
「てめぁが勝手に喋りだしたんだろうが!知ったことか!」
「そんなつれないこと言わずに、例の神社の事件の捜査状況教えてくれよ」
「ぶわぁぁぁぁぁぁか。特命は特命らしく窓際でマッチでも組んでろ」
「げ。何でお前がそんなこと知ってんだ」
「ははーん。やっぱりそうか。そうだよな、お前ら暇だもんな。あー羨ましいぜ、んじゃまたな、特命係の亀山さんよ」
「おいコラ、待てよ!」

歩き出そうとした伊丹の背中に亀山が腕を伸ばすと、それを払い除けながら三浦が顔を顰める。

「その辺にしとけ。余計なことばっか嗅ぎ回ってんじゃねぇよ。大人しく自分の仕事に戻れ」

後ろで亀山が何か愚痴のようなものを零しているのが聞こえたが、伊丹と三浦は完全に無視して一課の部屋に戻った。刑事は聞き込みで半分ほどが外に出ているが    ここのところ、芹沢と組んでいるはずのあいつの姿が見えない。
伊丹はこめかみを押さえつつ、デスクに向かっている芹沢に声をかける。

「芹沢、おい    はどこ行った」

古い書類を見直していたのだろう、芹沢が手を止めて顔を上げた。そしてきょろきょろと部屋を見回し    困った様子で額を掻く。

「あれ……さっきまでいたんですけど」
「……たく。また一人で勝手な行動を」

が警視庁にやって来てまだ一月だが、既に彼女は一匹狼として刑事部長からも目をつけられていた。まったく、血の繋がりがないとはいえどこまでもあの杉下右京に似ている。
苛々と嘆息していると、急に芹沢の携帯が鳴った。液晶に浮かび上がった相手の名を見て、芹沢がすぐさま応答する。

さん、どこにいるんですか?出かける時は一声かけて下さいって何度も    

非難がましく言った芹沢の表情が、瞬時に豹変して椅子の上で飛び上がった。

「えっ!それマジですか!?はい……分かりました、準備しておきます」

電話を切って、芹沢が慌てて立ち上がる。伊丹と三浦は顔を見合わせて、動き出そうとした芹沢の前に立った。

、何だって?」
「あ、えっと……これから例の池袋の事件の被疑者を連行するので、取調べの準備をしていて欲しいって……」
「はぁ!?」

あの事件の容疑者はまだ浮かび上がってもいなかったはずだ。さらに、芹沢は続ける。

「しかも、その被疑者が犯行を自供したそうです……」
「おいおいおい……本気かよそれ」

思わず頭を抱え、呻く。一体どこまで勝手な捜査を。それともこれが、大阪府警検挙率ナンバーワンの実力とやらか。

それから三十分後。はチンピラ風の中年男を引き摺るようにして戻ってきた。
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(06.10.15)