癪に障る女が来た。

「大阪府警刑事部捜査一課から参りました、警部補のです」

関西から来たというのに、丁寧な標準語。それもどこか刺々しく    いってみれば、そう、あれだ。慇懃無礼。大阪府警で検挙率がナンバーワンかツーという素晴らしい実績の持ち主らしい。だがその強引なやり口のせいで周囲からは疎まれていた    そういった噂は、この一課内でもすぐに広まる。
まあ、あの可愛げのない立居振舞を見ていればそんなことは容易に想像できるが。

「あーあ、あの女が警部補殿かよ」

三十代前半の女警部補。四十半ばで巡査部長の自分としては、まったく面白くない。
喫煙室で三浦と芹沢。三人で煙草を吹かしていた伊丹はうんざりと息をついて傍らの椅子に腰掛けた。そこへ、部屋のドアが外側から勢いよく開かれる。
相手の姿を捉え、また深々と嘆息する。

「伊丹さん、三浦さん、芹沢さん    事件です」

女は慌てた様子もなく、はっきりとそう言った。
池袋の片隅にある静かな佇まいの神社。階段下の枯葉まみれの通路に、男は仰向けに倒れていた。既に鑑識が周囲を隈なく調べている。そこへいつもの腹立たしい顔を見つけ、伊丹は大袈裟に顔を顰めてみせた。三浦も疲れたようにかぶりを振り、芹沢は「あちゃー」とつぶやいている。
遺体の傍らにしゃがみ込んで何やら服の内側を探っているらしいその後ろ姿に、声をかけようと。

「特命係の    
    こんなところで、一体何をなさっているのですか」

こちらの言葉を遮ったのは、彼の背後から出てきた女だった。真新しい手袋を嵌めながら、にこりともせずにあとを続ける。

「こういった捜査はあなたの担当ではないと思いますが」

台詞を取られて、伊丹は思わず眉根を寄せた。反射的に振り向いた亀山と、その脇に座る杉下右京はゆっくりと落ち着いた様子でこちらを向く。
    は、確かに杉下右京の顔を直視し。

「杉下さん」

杉下右京は僅かに眼を細め、静かに微笑んでみせる。そのやり取りを驚いた風に見ている亀山をさらに驚いた顔で見つめ、伊丹は隣の三浦と顔を見合わせて瞬いた。
が現場で特命係を見るのは、これが初めてのはずだった。
だが彼らを余計に飛び上がらせたのは、杉下右京の返答だ。

「ええ、まさかこんなところであなたにお会いできるとは。大阪にいらしたのでは……さん」
さん!?」

あの女の名前を聞いたことはなかった。それを、さも当然のように杉下右京は知っている。彼女が、大阪にいたということも。

「右京さん、知り合いなんすか?」

亀山が訊くと、杉下右京はこともなげに言ってのけた。

「ええ。ちょっとした、古い知人ですよ」
「そうなんですか?さん」

芹沢がに問い掛ける。彼女は遺体に短く手を合わせてから、ちょうど特命係の向かいに腰を屈めた。
外傷とおぼしき即頭部の血痕を調べつつ、言ってくる。

「ええ」

杉下右京の口振りと、ほとんど変わらない調子だった。

「ちょっとした、古い知人ですよ」
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(06.10.15)