「ねえねえ、タタミくん」

軽い調子で呼びかけると、彼はただでさえ縦皺をいくつも刻んでいる眉根をさらに寄せてこちらの顔を覗き込んできた。

「……イ・タ・ミ、だ!」
「大して変わんないわよ」
彼はいつだって苛々している。特に、あの特命係が絡んでくると「亀亀亀亀」うるさい。
いい加減不必要にこっちのストレスも増やしているということに気付いて欲しい。

「で、何か分かったのか?」

ひどく不機嫌な顔をして訊かれたら素直に答えてやる気にもならない。
私は遺体の解剖結果の書類を軽く掲げて彼の前でひらひらと振ってやった。
彼がそれを読もうと書類に顔を近づけると、ひょいと腕を振って彼とは逆方向にその手を運ぶ。
彼はやっぱり唾を散らして物凄く怒った。

「おいこら、お前ふざけてんじゃねえぞこのタコ!」
「……タコ?」

顔を顰めて彼を睨み付ける。彼は一瞬怯んだように後ずさったが、すぐにその間を詰めてきて私に負けず劣らず表情を歪めた。

「こっちは仕事で来てんだよ!お前のお遊びに付き合ってる暇はねえ!」
「なーによ偉そうに!いっつもいっつも特命係に出し抜かれてるくせにさ!もういっそ全部杉下さんたちに任せてあんたたちは大人しく書類の整理でもしてれば?その方がひょっとしてむしろ世のため人のためになるかもよー!」
「なーんーだーとー!」

彼はギリギリと歯軋りを漏らしてひどく引きつった不気味な笑みを浮かべた。特命係の「と」の字でも聞こうものならこの態度だ。子供っぽいことこの上ない。
私は相変わらず書類を頭上でひらひらとさせながら涼しい顔で言った。

「そんなにこの解剖所見見たい?」
「バカかお前は!ふざけたこと言ってねえでさっさと寄越せ!」
「じゃあ一個お願い聞いてもらえないかなー?」

ニッコリ笑んでそう告げると、彼は「はぁ?」と思い切り間の抜けた声をあげた。

「今度非番の日でいいから買い物付き合ってもらえる?来月兄の誕生日なんだけど男の人がどんなプレゼントがいいか分からなくて」

彼はわけが分からないといった顔をしてしばらく目を白黒させていたが、すぐにまた眉間に皺を寄せて怒鳴った。

「バカか!何で俺がそんなことしなきゃなんねーんだよ!こっちは仕事で    
「そっかーいやかー。じゃあ仕方ない、先に杉下さんにこれ渡すかー」

すると彼はギョッとして素っ頓狂な声をあげた。

「バ、バカかお前!それは立派な背徳行為に    

振り返りニヤリと笑うと、彼はとうとう観念したように項垂れて言った。

「……分かったから。来週まで待て。ほら、解剖所見渡せ」

そう言って彼が右手を差し出してくる。私は書類を渡すよりも先に、その彼の指に自分の小指を無理やり絡めた。彼が驚いた顔で目を瞬かせる。

「約束ね」

彼の指を放して、ようやく私は彼に昨日の事件の解剖所見を手渡した。彼は何だか腑に落ちない様子だったが、さんきゅ、と呟いてさっさと研究室を出て行った。
きっと彼は、気付いていないんだろうな。
……バレバレな口実なんだろうとは思うんだけど。
仕方ないか。彼は底抜けの鈍ちんだからなぁ。

私はデスクに戻りながら息をついた。
ま、いっか。
来週が楽しみだな。
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Plumaile (06.01.25) (08.04.18修正)