「映画が見たい」
    っていうもんだから、なにかと思えば」
 ここのところ、明日は非番、という夜は、あいつの部屋で過ごすことが多い。その日もまた例外ではなく、俺は車を飛ばしてそのまま慣れた小道をたどった。
「久しぶりに、映画が見たい」
 昨日、電話で話したとき、あいつはそんなことを言っていた。
「わたしがなんか適当に借りとくから、一緒に見よ」
 映画、か。そういえばあいつとは、映画はおろか、まともにドラマも見たことがない。もともと、俺があまりテレビを見ないせいであいつの話題の半分にもついていけないのが原因だろうが。あいつがどんな映画を借りてくるのか、興味はあった。
     それが。
「ドラえもん、だぁ?」
 じゃーん、と誇らしげにあいつが見せてきたDVDは    ドラえもん……のび太と、鉄人兵団。
「そう。何年ぶりかな、久しぶりにドラえもんが見たくなって」
「お前……いい年こいて、なにがドラえもん、だ。もっと他になかったのかよ」
「いい年こいてって、ひどい!なによ、たまには童心に返るのもいいでしょ!いいじゃん、たまにはこういうのも付き合ってよ。ね、ほらほら、一緒に見よ」
 有無を言わさず、俺をベッドの真ん中に座らせて、あいつは嬉しそうにパソコンを開いた。DVDを差し入れて、アルプスのデスクトップ上に出てきたアイコンをクリック。
 映画が始まると同時、彼女は部屋の電気を消した。
     正直なところ。
 ドラえもんがどうだとかいうよりも、パソコンの薄い光だけが差し込む暗がりの中、あいつと並んでベッドに座っているというこの状況で、黙って映画を見ろというのが無理な注文だった。けれども、もっと、それらしい映画ならともかく……ドラえもんを見て、号泣しているあいつを横から押し倒すのはあまりにも気が引けた。ちくしょう……俺がどれだけ期待しながらここに来るのか、お前は知らないんだろうな。
 エンドロールが終わって、画面がもとに戻っても、あいつはしばらく膝を抱えたままぴくりとも動かなかった。
「……おい、。起きてんのか?」
「もう……見れば分かるでしょ。起きてるよ……ああ、もう、いい話だった」
 ずるずると洟をすすりながら、涙できらめく頬を手のひらで覆う。こいつが本を読んで涙ぐむ姿はこれまでに何度か見かけたが、これほどまでに激しく泣きじゃくるのは初めて見た。
「なんか、いろいろ思い出しちゃって」
 あいつはぼんやりと液晶画面を見つめたまま、ほうけたように囁いた。ゆっくりと目を閉じて、そしてまた、開く。ささやかな光を受けて、その瞼を縁取る涙のしずくが輝いた。
「ねえ、今度うちに来るときは、伊丹の好きな映画にしよ」
 きれいな笑顔で微笑んで、あいつがこちらを向く。
「伊丹の『好き』、わたしももっと知りたい」
 いたみの、『すき』。たいてい、いつも小憎たらしい口ばかり叩くあいつだが、ごく    ごくごく稀に、まるで子供のような無邪気な顔をして、不意打ちしてくることがあった。特に……ふたりで過ごす、夜。
 そんなことがあれば    こちらにも、『我慢の限界』というものがある。
「それもいいけどなー、どうせなら次は映画館でも行こうぜ」
「えっ?そりゃ、わたしは嬉しいけど……どうしたの?ちょっと、意外」
 不思議そうに瞬いたあいつの肩を掴んで、勢いのままに、とうとう布団の上へと押し倒した。
 慌てふためくその唇にさっと口付けを落とし、告げる。
「ここじゃーもっと他にすることがあるだろ」
「ちょっ……いた、み!わたし、先におふ、ろ……」
 こちらの首に回した手できつく縋りつきながら俺の名を呼ぶその声に    心臓のそそり立つのを感じて、きつく目を閉じた。
とりあえず今夜は、映画どころじゃねーって!
(ま、映画館でも我慢できる保証はないけどな)
(08.05.07)
拍手、ありがとうございました!
劇場版の、美和子さんとたまきさんのCM(負けた方が勝った方に映画おごるってどうですか?
いいわね、それじゃあド○えもん!)を逆手にとってみました。
映画館で我慢できない人は、映画館デートしてはいけません(笑)