バカだよ、あいつ。

ほんと、どうしようもない    ばか。
「またフラれたんだって?」
「うっ……せーよ!お前に関係ねーだろ!」

まただよ。図星をつかれると、そうやってすぐに怒鳴る、クセ。

「しかも……よりにもよってあのタツミ開発騒動の犯人なんて、さ。あんたも、運が悪いよ」

ため息混じりにつぶやくと、手摺りに屈み込んで目の前に広がる東京湾を見下ろしていた伊丹は憤慨した様子でぱっとこちらを向いた。

「お前に何が分かる!リサ先生は……苦しんでたんだ。何にも知らねえお前が、先生のことをそんな風に言うんじゃねぇ!」

彼がここまで声を荒げるのは、よほどのことがあったときだった。ふうん    本気、だったんだ。その人の、こと。

再び海の向こうを向いて、きつく唇を噛み締める伊丹を見て、私は訳もなく目線を落とした。

「亀山さんがさ、連絡くれたの」
「は?亀が?」

そのことが、よっぽど意外だったのだろう。瞬きもせずにこちらを向いて、伊丹。私は代わりに、今度は自分が果てなく広がる東京湾を見やった。波のしずくが陽の光に反射して、まるで宝石のように。

「あいつ、えらく落ち込んでるから慰めてやって、だって」
「あんの亀……わけの分かんねえことを……」
「良かったね。いい友達がいて」
「ともだ……ハッ、バカかお前。何で亀が友達なんだ、あんなノロマのクソ亀……」
「あんた、幸せだよ。そんな口利いてたってずっと友達でいてくれる誰かがいるんだからさ」

どうということのない口調で、告げる。彼は、意味がよく分からなかったらしい。不可解そうに眉をひそめる伊丹に、正面から向き直って言った。

「ねえ、今後中学校に行こうよ」
「はあ?」

今度こそ決定的にわけの分からない顔をして、伊丹が声をあげる。疑問を挟ませないうちに、私はすぐさまそのあとを続けた。

「久々に見たくない?裏の花畑。そろそろ向日葵の咲く季節だよ」

伊丹は隠しもせずに、深々と嘆息してみせた。

「お前、何いきなりわけの分かんねえことを……何で俺が中学なんか行かなきゃなんねーんだよ」
「あら。思い出に浸るのはたまにはいいことよ。そうすればあんただってあの頃の純情な心を取り戻すかも」
「じゅ……お前、いい加減にしねーと    

苛立たしげに歯を剥いた伊丹から逃げるようにして、私はすいと手摺りを離れた。吹き抜ける波風にさらわれた髪を軽く右手で押さえつけ、海に背を向けて歩き出す。
あの向日葵畑の真ん中に立ったなら。

私も、あの頃の素直な自分を取り戻せるのかなあ。
(だとすれば私は、二度とあの霞の中には立てないね。)
君に、 (08.04.01)