いつから か。
押しかけた鑑識課で なんとなく目が合うようになって、
たまたま、退庁の時間が重なったときに なんとなく話をして、
たまたま、家の方向が一緒だと分かったから なんとなく、車に乗せることになって、
そのときに、ふと ふわりと香る、彼女の髪の匂いに気が付いた。
やがて
どちらから、ともなく お互いの姿を目で探すようになって、
自然と 一緒に帰ることが、増えて
とある殺人現場で 俺が目を離せなかったのは
不謹慎にも、下足痕を採取する彼女の ゆびさき だった。
あのしなやかな指先で 俺の知らない男の、身体に触れるのだろうか
ずっと 焦がれていたものは、こんなにもそばにあったのだと
知った。
「あ、伊丹さん!」
何の前触れもなく耳をついたその声に、どきりと心臓の跳ね上がるのを感じて唾を呑む。呼吸の乱れていないことを確認してから、ぎこちない動作で振り返った。
「今お帰りですか?」
「あ、ああ」
「お疲れ様です。無事に犯人逮捕できたそうで、一安心ですね」
「ああ……でもそれは、お前ら鑑識のお陰だ。あんなところから、もし指紋が出なかったら完全にお手上げだった」
踵を鳴らしながら駆け寄ってきたは、こちらの台詞を聞いて心底嬉しそうににこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、わたしたちも遣り甲斐があります」
あのふてぶてしい米沢には決して言いたくないようなことが、彼女を目の前にすると、思わず口をついて出てきてしまう。
その笑顔を見ているだけで
まるで満たされるように、感じるのは。
「なあ、」
「はい?」
並んで少し、歩き始めたところで呼びかける。彼女は子供のような輝きを帯びたその黒い瞳で、こちらを見る。その眼差しが、時には米沢までもが見落としてしまうような些細な点に気付くこともあった。
「たまには、飯でも食いにいくか」
(……嘘だろ、こいつ)
平気な顔をして自分の倍以上も次々と皿を重ねていく女を横目に見て、伊丹は唖然とした。また新たにレールの上から海老の皿を取ったに、嘆息混じりに言いやる。
「お前、まだ食うの?」
回転寿司の、それもさほど値の張るものではないネタをこんなに美味そうに食べる姿を見て、そりゃあ、まあ、悪い気はしないけれども。
上を向いて、口の中のものをごくりと飲み込む彼女の満足そうな横顔。その喉もとの、緩やかに動く様。鑑識課のメンバーでたまに飲みにいくのだと米沢が言っていたことを思い出した。
こちらを向いたが、弓なりの唇で微笑む。
「だって伊丹さんと一緒にいたら、いつもよりずっと美味しいんですもん」
それは息が、つまるほど
(期待させんな、この馬鹿が!)