いつものように、示し合わせた日の帰りは決まった店に向かう。それが、今ではすっかり私たちのスタイル。
私たちの交際は、別に周りに隠してるわけでも、実際のところ隠しきれているわけでもない。
というのは、お互い重々承知しているけれども。
さすがに職場から、二人揃って仲良く(いや、私たちにはこんな単語似合わないか)帰るなんて、考えられない。
一足先に警視庁を抜けて、いつもの居酒屋で待つ私と合流する彼は、今日もまた眉間にしわを寄せて、

「あー、だりぃ」

だそうだ。
既にグラスとビールを受け取っていた私は、アルコールの香りで鼻腔を満たしながら、右隣のカウンター席に腰掛けた彼に一言。

「たまには他に言うこととかないの?」
「あ?」

女将さんからグラスを受け取った彼が、物憂げにこちらに顔を向ける。仕方なく、ビール瓶を傾けて、そのグラスを満たしてやる。
顔を合わせれば、互いの口から出てくるのは憎まれ口ばかりで。

「なんか、私と会うのがだるいって言ってるみたいに聞こえる」
「あ?んなこと言ってねーだろがバーカ」
「言ってるように聞こえるの」
「あぁ?そんなに言われてーなら言ってやろーか?あー、だりーよ、お前に会うのがものすごーくだるいねぇー」

これでどうしてこの関係が続いているのか、甚だ疑問だ。
そーですか、と吐き捨てて、ぐいとビールを喉に通す。

「それにしても」

注文した焼き鳥を歯で串から引き離しながら、彼が忌々しげに言った。

「またあの特命が……余計な真似しやがって」

空になったグラスに自分でビールを注ぎ、私は大きく溜め息をつく。

「いいじゃない、無事解決したんだから。仕事の話はやめようよ」

昨日解決したばかりの、警視庁内青酸中毒事件。
殺したいほど愛したことが、あるか    か。
アルコールに弱い私が悪酔いする前に、と、私たちはいつも早々に切り上げてどちらかのアパートへと向かう。
先週は彼のところだったから、今日は、私の部屋。
グラス二杯のビールで少し目眩を覚えた私は、彼に縋りながらゆっくりと暗がりの道を歩く。
背景にしか過ぎなかったこの景色が、私の目に色を帯びて映るようになったのは、こうして彼と並んで歩くようになってからだと思う。

「ねえ」
「何だ」
「ちょっと公園で涼んでこうよ」
「は?」
「いいじゃない」

強引に彼の腕を引いて、アパートの側の公園の片隅にあるベンチにどさりと腰を落とす。溜め息雑じりに彼もまた、私の隣に浅く座る。
私は彼の腕に自分の両腕を絡めて、彼の肩に頭を載せ、小さく笑う。
こんな人でも。好きだから、仕方ない。
惚れた弱みというわけだ。
ひんやりした風が、そっと頬を撫ででくれる。ああ、気持ちいい。

「ねえ、聞いた?」

少しずつはっきりしてくる意識の中で、問い掛ける。

「何を」

ぶっきらぼうに彼が訊き返す。

「亀山先輩のこと」
「何だ?亀がどうした」

彼の声音が不機嫌そうに少しだけ変わった。亀山先輩のことになると、彼はいつだってこうなる。

「結婚したらしいよ」
「それがどう     はぁ!?

驚いた拍子に飛び上がった彼の声が、見事に裏返った。首を捻って見やると、電灯に照らされた彼の目は真ん丸に見開かれている。彼はそれ以上、声が出せないでいるようだった。
また彼の肩に頭を置いて、のんびりと続ける。

「ほら、例の帝都新聞の美和子さん。今日婚姻届、提出したんだって」
「……あの亀が……結婚?」

私はくすりと笑って、頬を彼の肩に摺り寄せた。このスーツの匂いとか、ものすごく、安心する。
彼の指に、そっと自分のものを絡めて、余った指で軽く相手の手のひらを撫でる。
この冷えた手も、微かなアルコール臭も。彼のものだからこそ、愛おしく思う。
彼の手を思い切って解き、ベンチから勢いよく立ち上がり、フラフラする身体を懸命に両足で支えて。

「せんぱーい!美和子さーん!おめでとー!」

丸い月がぽっかりと浮かぶ夜空に向けて叫ぶと、慌てた様子の彼が飛び上がって私の身体を素早く両腕で支えた。倒れ込んだ彼の胸は、とても、温かくて。

「バカやろ!今何時だと思ってんだよ!」
「いーじゃないーちょっとくらいー」
「……あぁ、酔ってんだな。ほら、帰るぞ」

これだから酔っ払いは…とか何とか、彼がぼやくのが聞こえる。そんな彼の首に不意に飛びつくと、彼は上擦った声をあげて後方に飛び退きそうになった。
ぎゅっときつく彼の首に抱きついて、呟く。

「……好き」

私の背にかけた彼の手が、少しだけピタリと止まった。でも彼はすぐに私の身体を自分から離し、溜め息雑じりにあっさりと。

「帰るぞ、こら」

私は、抵抗することもなく。
うんと小さく頷いて、彼に引きずられるようにして、アパートへの道を歩き出した。
『結婚しよ』
    なんて。
酔ったフリをしていたって、やっぱり、言えるものじゃないや。
(06.03.19)
シーズン4最終回の後。