甘酸っぱい柑橘類の香りが漂う。
この部屋に漂う香りの原因は、伊丹憲一が蜜柑を剥いているからだ。
彼はぶつぶつと文句を付けながら、蜜柑の皮を剥くという至極骨の折れる作業を行っていた。
彼は刑事とは思えないほどの悪人面──もともと人相があまり良くないと本人も自覚しているらしい──をしていた。
悪人面で口が悪くてガサツで不器用ですぐに手が出るそんな男だが、その手と指は持ち主の性格をまったく現していなかった。
曰く、”完璧な手”らしい。
「その白いところも綺麗に剥いてね」
その言葉に舌打ちで返事しながらも、彼の指は丁寧に蜜柑を剥いている。
きっと皮から香りが指に移っていることだろう。
彼の手は大きく、すこし骨ばっている。それでいて指は細く長かった。男らしい手だったが、今は女性らしい繊細な動きを見せている。
「だいたいこういう作業は女がするもんだろ・・・」
「それって女性差別ですよ。憲一さんは手先が器用なんだからいいじゃない」
「器用じゃねぇよ!、てめぇ何個剥かせれば気が済むんだ!」
剥いた蜜柑の数は10個を超える。
大量の蜜柑の皮と果肉がテーブルを埋め尽くす。
「だって実家から沢山送られてきたんだもん。早く食べないと悪くなっちゃう」
「だからってこの数は・・・」
「ほら、いっぱい剥いたら蜜柑風呂が出来るじゃない!・・・そうだ一緒に入ろうか?」
「なっ!!!一緒に、風呂・・・だと?!」
蜜柑に向けていた視線を向けて口をあわあわと動かす様を見ては小さく笑って嘘だよ、と。
「・・・そんな残念そうな顔しないでよ」
「っ、誰が残念そうな顔だ、馬鹿!」
蜜柑色に染まった彼の指先を愛おしそうに眺めていると、不意に蜜柑を差し出された。
甘酸っぱいそれを口に含み、綺麗な指先にもキスを落とす。愛する指も蜜柑の香りがする。
「憲一さん・・・もっと、ちょうだい?」
口唇に触れる指先に囁くように呟くと、蜜柑の代わりに少し荒れた彼の唇が触れるのだった。