特命係の杉下右京警部には、可愛らしい恋人がいた。
「おっ、おはようちゃん。今日も元気だな」
『あ、薫さん!おはようございます』
「おう。……部屋、来るか?」
『はい。ありがとうございます』
「いやいや。さ、伊丹の野郎に見つからない内に」
『そうですね』
『おはようございます、右京さん』
「あぁ、おはようございますさん。……と、亀山君」
「俺、ついでっすか?」
「別にそういうわけではありませんが」
『(なんか右京さん、怒ってません?)』
「(あぁ。なんかこの頃機嫌悪ィんだよなー)」
『(へぇ……)』
この頃―――って、私と右京さんが付き合い始めてからかしら?
はそう思いながら、右京をチラリと見た。
「……さん?僕の顔に何かついていますか?」
『あっ、い、いえ』
目が合った瞬間に声をかけられてしまい、少し慌てながらもなんとか冷静に
返して、安心する。
ただ、その時の右京の表情を見て、一つ思いついたことがあった。
―――右京さんの気持ちっていつもわかりにくいけど、嫉妬させれば少しはわか
るんじゃないかなぁ?―――
『そうだ、薫さん!映画のチケットが手に入ったんですけど、一緒に行きません
か?』
「―――?!」
「俺?!いや、でも……」
「………」
『ダメなんですか?』
「いや、ダメっていうか、そのぉ……」
「……なんですか亀山君。僕を見て答えが出るのですか?」
「あー、えっと……」
『薫さん、行ってくれないんですか?』
「な、なんで俺なの?う、右京さんとか」
「僕は関係ないでしょう。今は貴方が誘われているのですから」
そう言う右京の声は、いつもより少し怒りが入っている気がする。
「う、右京さんがそういうなら……」
『いいんですね?やったぁ!!』
「………」
わざとらしく喜ぶに、珍しく怒りを隠しきれていない右京。少しかわ
いそうな薫。
そんな気まずい雰囲気の中、全員が聞き慣れた声がした。
「おいこら!お前またここ来てんのか!早く戻って来い!!」
『あっ、い、伊丹さん!今行きます!』
「……亀山君」
「は、はい?」
がいなくなった後、右京に名前を呼ばれた薫は、恐怖を感じていた。
「なぜ彼女はこの頃君とよく話しているのでしょうかねぇ?」
「え?そ、そんなこと俺に聞かれても……」
「えぇ。君に聞いても仕方がないのはわかっています。けれど、君以外に聞ける
人がいないのも事実です。それに……」
「それに、なんすか?」
「いえ、それより僕の質問に答えてください。どうしてなのでしょう?」
「そ、それはわかりませんけど、最近右京さん変っすよ。俺に対して冷たいって
いうか怒ってるっていうか……。そういえば、その話をしてたら急にちゃ
んが映画の話をしてきたんだよなぁ……」
「はい?今、なんと言いましたか?」
薫の呟きに、右京が過剰な反応を示した。
「いや、さっきね、俺達がこの部屋に入ったときに、その、右京さんが怒ってる
みたいだったから、ちゃんに言ったんですよ」
「なんと?」
「“この頃機嫌が悪いみたいだ”って」
「この頃……そうでしょうか?」
「だって、俺に対しての扱いがおかしいんですもん!!」
「おや、そうですか。自覚していなかったなんて、僕もまだまだ、ですねぇ。
―――ですが、そうなると……。なるほど、わかりました」
「へっ?!な、何がわかったんすか?」
「彼女が、なぜ君を突然映画に誘ったかが、ですよ」
「え?なんでだったんですか?」
「さて、それがわかった以上は、早く彼女を問い詰めてこなければなりませんね
ぇ」
「む、無視っすか?!」
〔ガチャ〕
薫が叫んだときにはもう右京はドアを開けていた。
「ちょっ、右京さん!」
「……気になるなら、ついてくればいいと思いますが?」
「えっ、あっ、はい!!」
「……ったく、なんでお前は毎日毎日特命係のトコに行くんだよ!」
『それは……』
“右京さんが好きだったからで、最近付き合い始めました”
―――などと伊丹に言えるはずも無く、言葉に詰まる。
「ん?なんか理由があんなら言ってみろよ。あぁ?」
『えーーーっと……』
「ねぇのかよ?じゃあもう行く「すみませんが少しの間彼女をお借りしてもよろ
しいでしょうか?」人が話してるのを邪魔しないでくださいますかね警部殿!!
……って、うわ」
言葉をさえぎられて、怒る伊丹だったが、右京の黒オーラを見た瞬間顔が引
きつった。
「それは失礼いたしました。それで、彼女をお借りしてもよろしいですね?」
「は、はい。どうぞ……」
『う、右京さん?!なんで……』
「さぁ、行きましょうかさん。亀山君はここで待っていてください」
「えぇ?!ついてきた意味ないじゃないっすか!」
「お前は必要ないってよ特亀!」
「うるっせえんだよ畳!お前のほうが関係ねぇだろうが!!」
「伊丹だっつってんだろ!!」
「……さて、今のうちに行きましょうかねぇ、さん?」
『は、はい……』
いつものケンカが始まってすぐに耳元で囁かれた右京の声に、は少し
の恐怖を覚えながら、それでも右京についていった。
―――屋上
「あぁ、いい風ですねぇ」
『あ、あのぉ、右京さん?なんでここに私を連れて来たんですか?』
「おや、わかりませんか?……貴女の考えを見抜いたから、お仕置きをしようと
思っただけですよ」
『考え?……あ』
マズイ、という言葉がの顔に浮き出てきた。
「わかったみたいですねぇ。さて、どういうお仕置きがいいでしょう?」
『お仕置きって……。だって右京さん、あんまり好きとか言ってくれないから…
…。だから、右京さんの気持ちを確かめたくて、つい……』
「つい、ですか……。そうですね、確かに僕もいけなかったかもしれません。貴
女のことをこんなにも愛しているというのに、その想いを一度も告げたことがな
かったなんて、男として失格ですねぇ」
『そ、そんなことっ……!今、言ってくれたじゃないですか』
「これからは、毎日言ってあげますよ」
『ま、毎日?!毎日はちょっと……』
「毎日言わないと貴女には伝わりそうにありませんからねぇ。僕がどれほど亀山
君に嫉妬したか、すぐにわからせてあげます」
『う゛っ……』
そう言った右京の妖艶な微笑みに、この人に嫉妬させてはいけないんだと、
今さらながら後悔したであった―――――。