大事なものが砂になって足元に小さな山を作っていく。


すくってもすくっても指の間から零れて


気づけば自分も溶けはじめていた。









12 この手からこぼれてゆく








さん」

目を覚ますと右京さんが私の顔を覗き込んでいた。
ぼやけていた思考が段々明確になってきて、体を小さなソファからゆっくりと離 す。
自分が今いるのは灰色の床と砂の上ではなくほとんど日光の入ってこない「特命 係」の部屋の一角。
今まで見ていたものが夢だったのだと気づくのに数秒かかった。

「・・・ごめんなさい」
「いいえ、具合が悪いのではなければ。」

どこか安心したように微笑むと右京さんはティーカップを持って向こうへ歩いて いった。
それをちらりと見てから小さく息を吐いてもう一度体をソファに沈める。
亀山さん達はどこに行ったんだろうと思うけど、考えてみると自分が眠ってしま う前に
随分と慌てた様子で部屋を飛び出していく彼の後姿を見た気がする。
かちゃかちゃと陶器がぶつかる音はおそらく右京さんのものだろう。



(右京さん、私変な夢を見るんです。)


色味も無ければ何の音も聞こえない、普通ならすぐ忘れてしまいそうな夢。

だけど自分にとってそれは恐怖の対象になりはじめていた。

見るたび、見るたび多くなっていく砂と焦燥感。

何もできない自分がひどく情けなく感じる。ふつふつと罪悪感が沸いてくる。

胸のあたりをぎゅう、と握ると擦れた皮膚が少し痛かった。

こんな思いをするのは何回目だか分からない。

ただ、ただ辛くて悲しくて。



自分は昔からそうなのだ。
何故自分がこんな目に、と何度も嘆いてばかりで実際は何もしない卑怯者。
壁の染みがみるみるうちに人の顔になり、常に私を睨み付けるようになったのは
6回目の宝物を亡くした時だった。

そんな時自分をここまで連れてきてくれたのが、杉下右京なのだが。



再びぼやけ始めた視界に白い湯気が映った。
咄嗟に顔をあげると青い薔薇がプリントされたカップを持った右京さんが立って いた。
そのカップを私に差し出して、飲むように勧める。
重たい腕を上げてそれを受け取るといつの間にか乾いていた口に一口含んだ。
頭の中に広がる花の様な香りと、ほんのりとした甘み。
ここ最近重かった体が解れる様に軽くなった気がする。
鈍い心臓の痛みが小さくなってきた時、目の前のソファに座っていた右京さんが ふと口を開いた。

「最近はお疲れなんですか?」
「・・・は、い 寝つきが悪くて。
 ごめんなさい、まさかここで寝るとは思いませんでした」
「僕もこんな所で寝られるなんて思いませんでした」

くつり、と多少潤った喉をならさせた。
確かに(特定の人間以外は)居心地の良いとは到底言えないこの部屋で居眠りす る人間もそういないだろう。
以前バイトで疲れたからとここで一休みしていたら(ただゴロゴロしていたとも 言えるかもしれない)
眉間に皺の寄った人相の悪いおじさんに「奇人第二号」と騒がれた記憶がある。


「・・・・・・・・・・・・」


記憶を辿るとまた胸が疼く。
どんなに眠ろうとこの倦怠感が消えないことを自分は知っているから
だからこそ長い長い休みが欲しい、目覚めることのない眠りが欲しい。
そんなことを行ったら彼は何と言ってくれるだろうか。








「何かありましたか?」
「え」

琥珀色の液体から視線を移してその輪郭を凝視した。
  ちゃんと笑えていなかったのだろうか?今まで?
それでも彼の表情は変わらずに優しい目をしている。
何を言えばいいのか分からなくて自然と手に力が入った。



    私は
    大事なものを壊しました
    生々しい呻き声に耳を塞ぎました
    自分が悪いことに気付きませんでした



「何、を」
「ではもっと言います。貴方は最近笑っていない」
「そんなこと」
「ないと、否定できますか?」



    ただ悪者を憎むだけでした
    ひたすら自分を守ろうとしました
    かき集めようとして余計苦しめました


さん」
「・・・ごめんなさい」
さん」
「右京さん、ごめんなさい ごめ んなさい」


    約束を破りました
    また宝物を砕きました
    何度も何度も逃げ出しました

        貴方を守れませんでした。




滲んだ視界の隅で一瞬見えたのは砕けて床に散らばった白いティーカップ。
無意識のうちに体がガタガタと震えている自分は他人にはどんな無様な姿に映る だろう。
ふわりと温かくて優しい香りが体を包んだ。
同時に体の自由がきかなくなる。
何か言おうとしたけれど胸の奥から出てくる嗚咽が邪魔をする。
胸を引っかこうと手をやったらそれをもう一つの大きな手に遮られた。


「僕は貴方が欲している言葉が何なのか分かりません。だけど 貴方にはずっと 笑っていてほしい」
「ご、め・・・っ さ、うきょ さん」






手からこぼれた砂がどこへ消えたかなんて思ったこともありませんでした










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恐れ多くも提出させていただきます右京さん夢です。
こんな茹でかけのトマトみたいな中途半端な終わり方でごめんなさい。
色々傷ついているヒロインさんと全てが理解できなくても受け入れようと努力す る右京さんが見えれば幸いです。
ちなみに亀ちゃんはパシリという名目で右京さんに排除されたという妄想裏設定 有り。

とっても楽しみながら書かせていただきました。ありがとうございました!
2007/03/02 峯