思い出すのは。
おまえのことばかり。
聞き込みに回っている街中で、髪の長さ、そして背丈もおまえに似た女の後ろ姿に思わず立ち止まる。ちらりと見えた横顔は全然違う女。
チッ。
舌打ちをする。
今さら動揺する自分、そしておまえじゃなかったことに対して。
笑顔が可愛い優しい女だった。
おれのどこに惚れたのか、告白してきたのはおまえの方で。
とてつもなく甘い蜜月。おまえに溺れたのはおれ。
こんな男だったのかと、おまえに別れを告げられるのが怖くておれが先にその手を離した。
取り返しのつかないところまできてからおまえに別れを告げられるより、今ならまだ傷も浅いと自分勝手な理由で。
ああおれは最低だ。そんなことは分かっている。
だけどそうするしかなかったんだ。
ため息をついて煙草に火を点ける。煙が空へと上ってゆくその様をぼんやりと見つめる。芹沢が缶コーヒー片手に走って戻ってきた。
「伊丹先輩どうぞ」
「おぅ」
結露がついた缶の冷たさがやけにおれの手を刺激する。そういやおまえの体も冷たかったっけな。
“私元々体温が低いの。憲一さんは熱いのね”
抱く度に火照るおまえの体が好きだった。おれの熱がまるでおまえに移ったかのようで。
おれは首を振り、煙草を携帯灰皿に押し付ける。
「行くぞ」
もう二度と会えねぇし、会うつもりもねぇ。どのツラ下げてふったおれがおまえに会える?
けれど消せぬおまえの携帯番号。自分の意気地のなさに思わず嗤う。
胸ポケットの携帯が鳴る。どきっとしてディスプレイを見れば“三浦”の二文字。
「伊丹だ。終わったのか?」
「ああ。おれはこれから本庁に戻る。おまえらは?」
「おれたちはもう一件立ち寄ってから戻る。じゃあな。…おっと」
胸ポケットに携帯をしまっていると、ちょうど店から出てきた人間とぶつかる。
「「すみません」」
謝るタイミングが同じ、そして聞き覚えのある声に反射的に相手の顔を見る。
相手も呆けた顔でおれを見ている。
この広い東京の街。会える確率なんてごくわずか。しかもここはおまえの職場が近いわけでも自宅が近いわけでもねえ。
なのにまさか。
絶句するとはこのことなのか。格好悪いが驚きすぎて言葉が出ねえ。
「……お元気そうですね」
変わらずの笑顔。髪が少し伸び、そして痩せたか?
「先輩?」
芹沢の野郎が俺たちを見比べる。ああそうだコイツがいたんだった。
「おい。先行ってろ」
「は、はい」
空気を察してか芹沢は頭を下げたあとそばを離れる。指輪をしていないかどうかおまえの指を確かめるおれは女々しいか?
「……おまえも元気そうだな」
「そう見えますか?」
「違うのか?」
「精一杯虚勢を張っているんですよ。これでも」
潤んだ瞳から雫が落ちる。あまりにきれいすぎて、慰めようにもこんなおれが触れていいものかどうか躊躇う。
「貴方に二度と会いたくなかった…!」
別れを告げた時が思い出される。
“憲一さんがそう言うなら”
笑顔でそうおまえは言った。
考えてみれば付き合っている間、おまえがおれの前で泣いたことなど一度もなかった。
「おれは会いたかった」
おまえの目が大きく見開かれる。格好つけている場合じゃねぇ。素直に吐いてしまえ。今もなお愛しくてたまらないおまえに。
「おまえを愛しすぎて苦しくて、それでおれはおまえに別れを告げた。全て悪いのはおれだ。おれなんだ。だがこれだけは言わせてくれ。おれは今でもおまえを愛している」
おれの頬に平手打ちが飛ぶ。所詮女の力。たいして痛くはない。だが心にずしりとくるほど重かった。
おれはその手をつかむ。
奪った唇はとんでもなく熱い。
おれの熱は未だおまえの中で燻ぶっていたのか。
「憲一さんのバカ…!」
「あぁ分かってる」
抱きしめた体の温かさ。おまえの匂い。
「もう離さねぇ」
おれとおまえの熱よ。このまま冷めることなく永久に。
燃え盛れ。
<END>