「覚書の筆跡、血判の血液と指紋、それと道着の血液。全て本人達と一致しました」
は鑑定書の束を芹沢に手渡した。
「ありがとう、ちゃん」
「いえいえ。お疲れ様です」
軽く会釈して仕事に戻ろうと思っていただったが、
芹沢は鑑定書を小脇に抱え直しただけで動こうとしない。
決済を急かした割には捜査一課へ戻りたくないらしい。
何か嫌な事でもあるのだろうか。例えば内村部長の呼び出しとか。
「珍しいですね。芹沢さん一人でいらっしゃるなんて」
とりあえず四方山話でも、とは芹沢に話を振った。
「あれ?もしかしてガッカリしてんの?ごめんね伊丹先輩じゃなくて」
「いえ別に」
これは紛れも無い本心。何故なら仕事中だから。
しかし芹沢の嬉しそうな顔を見る限り、口に出しても信じてもらえる可能性は低い。
は適当に笑顔を作った。
「何か変なオーラ出しちゃっててさ。まあガイシャがガイシャなだけに、ショック受けてるんだろうけど」
「ガイシャって…吾妻源一郎、ですよね?」
「先輩から何も聞いてないの?」
は頷いた。
この事件発生以降伊丹と会ったのは、物証の説明を受けた時に少しだけ。
当然、その時は仕事の話しかしていない。
「高校の頃から憧れの人だったらしいよ。道場にも行ってたみたいだし」
「へえ、そうなんですか」
そもそも伊丹が剣道の有段者である事も知らなかった。
「興味本位で首を突っ込まれたら不愉快です!なーんて真面目な顔で杉下警部に怒鳴ったりとか」
芹沢は眉間にしわを寄せ、伊丹の口真似をしてみせる。
は小さく吹き出した。
「ま、そのうちいつもの調子に戻ると思うけどね。被疑者は聴取中だし」
これもあるし、と芹沢は鑑定書を空いた方の手でトントンと叩く。
「んじゃ、そろそろ行くわ。内村部長から呼び出し食らってんだよねえ」
当たった。だからと言って何かあるわけではないけれども。
そんな事を考えながら、は芹沢に手を振った。


















例によって例の如し、特命係によって事件の真実は暴かれた。
亀山が教えてくれたのだが、捜査一課という立場上動けなかった伊丹は、
花の里に単身赴いて特命係の二人に調査を依頼したらしい。
それはともかく、伊丹はの前でこの事件に一切触れなかった。
普段ならそんな事は無いのに。彼女も刑事部の一員として関わっているのだから。
今、ソファに浅く腰掛けて両足を投げ出している伊丹も、口を真一文字に結んだままだ。
忙しなく色を変える目の前のテレビなど、ほとんど頭に入っていないのだろう。
キッチンで食器を片付けながら、そこはかとなく様子を見ていただったが、
突然すたすた歩き出すと、伊丹の肩に後ろから腕を回して抱き締めた。
「何だいきなり」
そうは言うものの、拒絶する気はないようだ。は彼の頭に顎を乗せる。
「伊丹さんて甘え下手なのかなあ、と思って」
「お前に言われたくねえよ」
そうだよね、と言うの言葉が、振動で伝わってくる。
「伊丹さんの事、もっと知りたい」
「はっ?誘ってんのか?」
「違うよ」
の吐き出した息が伊丹の髪を僅かに揺らす。

「落ち込んでる時は、どうすればいいの?」

ほんの少し沈黙した後、伊丹はゆっくりと彼女の手に片手を重ねた。
「これでいい」
「そっか」
伊丹の表情は分からないが、規則正しい鼓動が体へ直に伝わってくる。
あったかい。は目を閉じた。

が。

「…あぁっ!」
驚いたは目を開けた。フローリングに膝をつき、何事かと伊丹の顔を覗き込む。
「わりぃ、。明日野暮用付き合ってくんねえか」
「…はぁ?」










二人が某デパ地下で購入した桐箱入りのメロンは、後日伊丹によって特命係に届けられたのだった。





(2008/05/09 『06 この手を取って』)
ネタバレ失礼致しました。シーズン5・7話より。
花の里で万札出しちゃった伊丹さんは金欠らしいです。(裏設定)
素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。

しえ 拝