特命係に変人が住み着いた
その噂を流したのはもしかしなくても自分だったりするのだが。
「亀山さんならお留守ですよ 畳さん」
噂の素になっているのはこいつ。
いつも部屋の隅に置いてあるソファに毛布を被って寝ている。
初めて見た時は驚いたものだが、最近は慣れてきたようだ。
心臓が高鳴る位で、他に大した反応は出ない。
「畳じゃねえ、伊丹だ。亀山はどこ行った?」
「右京さんと事件に首突っ込みに行きました」
またか。
毎回何で懲りないのか、理解できない。
あの変人警部を理解できたところで嬉しくもなんともないので構わないが。
そう言うとあの人はそういう性分ですから、と苦笑した。
「それより何か飲みますか?コーヒーとか」
「お前寝る以外に何かできたのか」
「人を座敷童みたいに言わないで下さいー」
ある意味間違ってはいないのでは。
口から出ようとした言葉を自分の良心が抑える。
座敷童がもそもそと毛布の「巣」から這い出してきた。
黒いだぼだぼのトレーナーにジーパン、寝癖で少しはねた髪。
色気が無い、と言いたいがトレーナーの色で白い肌が強調されていて可愛いいと
思えなくもない。
袖から少しだけ見える指が自分の手に触れた。
「砂糖、ミルクは入れる派ですか?それともブラック派ですか?」
「…任せる。」
ぱっと離れた指先はもう他の作業に使われようとしている。
冷たい指だった。
細くて柔らかい感触はまだ自分の手に残ったままだ。
もうしばらく手を洗いたくない、なんて思っていない。
触られたところが、焼けるほどに熱い。
「亀山さんが、おいしいコーヒー豆持ってきてくれたんですよ」
嬉しそうに話すそいつの横顔は、まだ幼い。
透明なフィルムを何枚も重ねたような白い肌がほのかに桜色に染まる。
普段体動かさないから急に筋肉使う時疲れるんだ、ばーか。
静かな部屋にガリガリと豆を挽く音だけが響く。
途中何回も音が途切れたり、電気ポットを使おうとして戸惑い気味なところを見
ると
まだ亀山に教わったばかりなのだろう。
それを自分に見せたかったのだろうか。
普段より心なしかはしゃいでいる気がする。
気楽なものだな、と呆れる反面少し羨ましい。
血みどろの死体と愛憎劇ばかり見ていると
たまに元に戻りたくなるのだ。
別に警察を辞めたいわけじゃなく、ただこいつのような馬鹿と話をしていたくな
る。
説明書を片手にポットと格闘しているあいつからふっと目をそらす。
『右京さんが突然連れてきたんだよ』
『一人にしておけない子なんですよ』
こんな娘が何故仕事場に連れ込むほど大切なのか。
今なら少し、分かるかもしれない。
自殺志願者の今にでも自分の喉を掻き切りそうな危なっかしさでもなく
ただ一瞬目を離しただけで霧のように消えてしまいそうな
焦燥感
それをあの杉下警部が感じていたのかと思うと変な気持ちだが
そこにいるのに、影がまるで無いような彼女を見ると納得もできる。
「畳さん、珍しく静かですね」
テーブルに置かれたコーヒーから柔らかい匂いがした。
薄茶色の液体を乾いた口のなかに流し込む。
「…甘っ」
「すいませんね私と一緒なので」
「いや何でも甘すぎるだろこれ」
「じゃあ淹れなおしますか?」
「…いい。」
お前がわざわざ淹れてくれたからじゃなくて
ただ親に食べ物は大切にしろと叩き込まれたからだ。
だから
「…そんな目で俺を見るな。」
「いえ、畳さんは優しいなと。」
「そんなつもりじゃないからな!」
勧められてソファにどかりと座り込む。
冷えた指先を暖めるように紙コップを握り締めた。
「で、今日はどんなご用件だったんですか?」
「あ?」
まずい、考えていなかった。
まさかお前に会うため、なんて口が裂けても言えない。
「文句言いにきたんだよ。また一課の事件に首突っ込まれたからな」
「あぁ、そういえば亀山さんが誇らしげに言ってましたね」
あのバ亀。
少し自分が手柄をあげるとすぐにつけあがるのは、奴の悪い癖だ。
「でも手柄は畳さんのものなんだからいいじゃないですか」
「お前、分かって言ってるだろ?」
へらりとした笑みには肯定という意味が込められているんだろう。
そう、こいつはちゃんと分かっている。立場のことも、悔しさも。
それを知った上で自分の愚痴を聞いてくれる。
「」
「…へ。何ですか、名前で呼ぶなんて珍しい」
「そろそろ亀が帰ってくるぞ」
「うわあ、また怒られるじゃないですか!早く言ってくださいよ!」
一気にコーヒーを飲み干すと今度は熱い熱いと騒ぎ出した。
それを眺めている間にも気配がどんどん近づいてくる。
「俺は帰るからな」
「ちょ、私だけ怒られるの嫌ですよ!」
「知るか。コーヒー飲みに来ただけだからな」
「…畳さんは私のことを何だと。」
無意識に手に力が入った。
そんなの、決まっている。
怠け者のくせにそそっかしくて、いつもへらへら笑う頼り甲斐の無い
何かを諦めてしまった目をしている奴だ。
「畳さん?」
「何でもねえよ」
どうせ、自分は彼女を変えることはできないから
だからせめて、
「、こっち向け」
次の瞬間小さな悲鳴が耳元で聞こえた。
本当は分かっている
この吐くほどに甘ったるくて刺々しい感情は
認めたらそれで最後
自分の中の大切な何かを
奪われる
***
低体温二人組。(妄想
あとで課長にチクられて右京さんに怒られるといいのです。(妄想
そして芹沢ちゃん辺りにからかわれるといいのです。(妄想
ツンデレ伊丹さんは日本の文化だと思います。
今回も参加させていただき、ありがとうございました!
峯