「け、……っこんしませんか!」
「ハハ、ハ……さすがは。言うことが違うな」
「わ、笑いすぎですよ……ひどい。私、めっちゃ真剣やったのに」

浅倉さんは私の話を聞いて、大きな声で笑った。ガラス張りの隣の部屋から事務員の冷たい眼差しが注がれて口を噤むも、なお声を押し殺して大笑いしている。

「私、そんなに変なこと言いました?」
「だって、お前……ハハ、物事には順序ってものがあるだろう?」

    図星。だけど、目尻に涙を浮かべてひーひー笑い続ける浅倉さんに諭されたって、いい気分はしない。私はゼミのメンバー全員分のコピーをとるために六法の該当箇所を開いた。浅倉さんが使い終わったコピー機にカードを差し入れ、必要な枚数をコピーする。

「でも……だって直接あの子の顔見たら、付き合おうとかより先にそっちが出てきちゃったんだから仕方ないじゃないですか」
「『仕方ない』で結婚の申し込みをしたのか?お前は」

コピーの束を腕の中で抱えなおしながら、浅倉さんが意地悪く笑う。私はぷいと目を逸らし、六法の次のページを捲って再びコピー機に戻した。とりあえず、三十部。がーがーと変わり映えのしない音を立てて、素っ気無くA4の紙が流れ出てくる。

「……べつに仕方なく、やないけど。だって結婚したいって思ったんですもん」
「フラれたんだろ?それで」
「まっ……まだフラれたわけや……ない、ですよ。しばらく時間くれって、それで、……」
「それで一ヶ月か?」

うう……浅倉さんって、容赦ない。私は気にしていない振りをして、コピー機に向かって延々同じ作業を繰り返していた。
脇の壁に軽くもたれかかって、浅倉さんが肩をすくめる。

「あんまり思い詰めるなよ」

そしてきょとんと目を開いて振り向いた私の頭を、まるで子供のそれのようにくしゃくしゃと撫でた。あー!と声をあげ、再び事務室の職員の視線を感じて慌てて口を閉じる。乱れた髪を大雑把になおしながら、私はからからと笑う浅倉さんを睨んだ。

「なにすんですか!」
「それくらいがちょーどいい」
「へ?」

意味が分からず首を傾げた私を見て、浅倉さんが穏やかに目を細める。

「背伸びも大事だけどな、お前はそれくらいの方がちょうどいいぞ」
(付き合っていたわけでもない、単なる)友人に、結婚の申し込みをしたその僅か一ヵ月後に。

    あなたの手のひらに惚れたと言ったら、あなたは軽蔑しますか?
(運命を感じた なんて、いわない。)
MICROBIZ (08.04.22)
「結婚しませんか!」は友人の実話です(笑)