prologue

「なに?希望部署が『特命』?」
 手元の書類に目を通しながら、片眉を上げる。
「あの二人の関係者か何かか?」
「は……いえ、ただ……ずいぶん昔の事件で、特命に助けられたかなにかで」
「何?あいつらの厄介になっただと?面倒だ、それならそいつの望み通り、特命係に    
「いえ、ですが、部長」
 困り果てた顔で、参事官がこちらの書類を一瞥する。仕方がなく、二枚目の用紙に目を通した。
「……これだけの実績をあげている、所轄でも有望な刑事です。みすみす、特命送りにすることは」
「それでは特命かぶれと分かりきっている人間を一課に配属するのか?規律を乱す」
「その心配はご無用かと。所轄にいた頃、特にそうした傾向は見受けられなかったそうです。一課で指導を受ければじきに馴染むでしょう」
 その女の成績を、しばしじっと見つめ    ふんと鼻を鳴らして、ばさりと机の上に放り出す。
「いい。お前の好きにしろ」
「は……かしこまりました」
 、二十八歳、特命係配属希望……か。
 これ以上頭痛の種が増えないことを強く願いながら、彼はうんざりとため息をついた。


、お前、初めは特命に希望出してたそうじゃねーか?」
「はい、それが何か?」
 きょとんと不思議そうな顔をして振り向いたその女には、まったくもって邪気というものが感じられない。拍子抜けしながら、なんとか先ほどの声の調子を失わず、続ける。
「お前、知らなかったのか?あそこは人材の墓場だぞ」
「知りませんでしたよ。誰も教えてくれなかったし、それに」
「それに?」
 振り向いた彼女は、胸を張って、誇らしげに微笑んだ。
「あたしにはそんなこと関係ないです。だってあたし、特命のこと尊敬してますから」
「そんけ……」
 まったく、何を言い出すかと思えば。額に手を当てて深々と嘆息して、彼は胡散臭そうに彼女を見た。
「尊敬ってお前……どこでどんな噂聞いてきたのか知らねーが、あんまりおかしなこと言ってっと島流しに遭うぞ」
「島流し?」
「特命係に飛ばされることを、通称『島流し』っていうんだよ、ちゃん」
 いつの間にかひょっこりと現れた芹沢が女の後ろから顔を覗かせて得意げに言ってくる。すると女は不服そうに口を尖らせてそちらを向いた。
「何でですか?あんなに素敵な二人組なのに、何でそんなに嫌われてるんですか?」
「すてき、だと?笑わせんなこの馬鹿が!」
 勢いに任せて捲くし立て、あまりの大声に課内の誰もが振り向いたが、構わず彼は眼前の女に向けて怒鳴りあげた。
「あいつらの真似なんかしてみろ、ただじゃすまねーからな!」
 そして唖然と目を見開くそいつを残してあてもなく廊下に出て行った。


(08.04.25)