「テメェ、まだこんなことやってやがったのか!」
「お前、いい年してこんなことばっかやってて恥ずかしくねーのかコラ」
「うっさい黙れタコ。あんたにはかんけーない」
「タ……なんだとコラ、相変わらず可愛くねーなオイ」

大きな舌打ちとともに険悪に目を細めた男を睨み、さらに眉間にしわを刻む。彼もまた負けじと鋭い眼を付けてきたが、程なくして諦めのため息をついてふいと視線を逸らした。

「……たっく、その様子じゃまたミョーな男につかまってんだな。いー加減にしろよ、いくら優しいこの俺でも庇えることとそーじゃねーもんとがある」
「あんたの世話にはならないよ。どーせこんな小者、ご立派なあんたには管轄外だろ」

精一杯の皮肉をこめて吐き捨てたが、男は顔色ひとつ変えずに軽く口笛を吹いた。

「おっしゃるとーり。つまんねー窃盗なんざ俺の扱うヤマじゃねーよ」
「だったら放っときなよ。また厄介事が増えるだけだ」
「わーってるよ。でも運悪くそんなところに居合わせちまったんだからしょーがねーだろ。てめーも大概にしろよ、健気に生きてきたじーちゃんのなけなしの金引っ手繰るなんざ、最低だぜ。いくら可愛くねーお前にだってじーちゃんくらいいただろ」
「……そんなもん、覚えてないね」

どうでもいい心地で呟いて、彼女は脇を向いた。実際、そうした虚ろな記憶はあってないようなものだった。隠しもせずに嘆息した男へと視線を戻し、呻く。

「……あんたのせいよ」
「あ?」
「あんたのせいよ。あんたが……あんたがあたしを、こんなにしたのよ!」

感情に任せて怒鳴りつけると、男もそれに触発されたように、調子を上げて捲くし立てた。

「んだと!てめーの勝手だろ、お前が勝手に出てったくせにその言い様かよコラ!」
「あんたが悪いのよ!あんたがちっとも……ちっとも、」

その先は、プライドと羞恥とが決して続けさせなかった。代わりに背を向けて、別のことを口にする。

    聞いたわよ。女と住んでるんだって?クラブで歌ってる、可愛い子」

不意に訪れた沈黙の間に、男の驚き焦る様を想像して楽しむ。果たして相手は、予想通りの反応を返してきた。

「お前……どこで、それ」
「さあ。世間は思ってる以上に狭いんだってこと」

振り返らずに、うんざりと瞼を下ろす。都会の夜は、宵を過ぎても尚明るく映える。そうした喧しい世界を一時的に閉ざし、彼女は何気ない口振りで尋ねた。

「あんたさぁ……しあわせ?」

答えは思った以上に、ずっと早かった。

「あぁ    しあわせ、だよ」
あいしてた。あいしてたんだよ、ほんとうは。

ただそれをつたえるには、あたしはあまりにごうじょうだったね。こどもだったんだね。

あたしはいまでもまだ……そのいっせんを、こえられずにいるの。
しあわせだったと、ひとこといって。
戦場に猫 (08.04.03)