「ねえ、ちょっと聞いてよ妙子ちゃん!」
「
でね、そんでこっそりケータイ見たら案の定!女の子からメール入ってるの!『今日はありがとうございました。横山さんってほんとに優しいんですね。ほんとは帰りたくなかったんですもん』
それで問い詰めたらさ、あいつ何て言ったと思う!?」
その大きな目をきょとんと見開いて首を傾げてみせる妙子ちゃんに、私は叩きつけるようにして声を荒げた。
「『いや、ほんとは同期と飲みに行こうと思ったんだ。でも後輩の女の子が階段の隅で泣いてたから放っとくわけにもいかなくて話聞いてあげただけ』なんですって!!」
「……それでちゃんは、何にそんなに怒ってるの?」
「何にっ!?」
まさかそんなすっ呆けた反応が返ってくるとは思わず、私は自分の思っている以上に乱暴な口調で切り返した。
「何って!決まってるじゃん、そんな白々しい!あいつ確かに飲んで帰ってきたし、スーツなんかぐっしゃぐしゃでちょっと変な香水の匂いが
」
「だからそれは、お友達と飲んできたんでしょ?」
「そんなの口から出任せに決まってるじゃない!おかしいと思ってたのよ、あいつその後輩って子と寝たんだわ、陰で私のことバカにして!」
「思い過ごしじゃない?横山さん、ちゃんのことほんとに大事にしてくれてると思うな」
「あいつのことは私の方がずっとよく分かってる!!妙子ちゃんだって彼氏の帰り遅い日が何日も続いたらそりゃあ疑いたくもな
」
「たーえこー」
玄関口からガチャリとドアの開く音とともにあの軽快な男の声が聞こえてきて、私は反射的に口元を強張らせた。ぱっと瞳を輝かせて立ち上がった妙子ちゃんが、キッチンに入ってきたその男を眩しいほどの笑顔で迎える。
「青ちゃん、お帰りなさい」
「たーえこー会いたかったよー あ、なんださんいたの?」
『あ、なんだい』て悪かったわね。飄々とした様子で妙子ちゃんの腰を抱き寄せた青柳氏はどうでもよさそうに私の方を見た。あーもう馬鹿らしい、こんなバカップルのうちに愚痴りにきた私が間違ってたわ。
「お邪魔みたいだから、それじゃー私そろそろ帰るわ」
「え?そんなことないよ、ちゃんゆっくりしていって」
「と心優しいうちの妙子が言っているぞ、まあ君にほんの少しでも心遣いというものがあるのなら早々に立ち去ってくれる方が僕としては嬉しいのですがね」
「青ちゃん!」
「冗談だよ冗談」
けたけたと笑って青柳氏は怒った顔をした妙子ちゃんにキスをした。冗談なもんか、紛れもなくそれがお前の本音だろうこのやろー!
「それじゃーお邪魔しました」
あーもう馬鹿らしい。ばからしいばからしい。あいつのことも何だってぜーんぶ馬鹿らしくなってきちゃった。
キッチンを出て玄関へと歩き出した私の後ろから慌てて追いかけてきた妙子ちゃんが言った。
「ちゃん、無闇に疑ってかかるのはあんまり良くないと思うけど……でもそんなに不安なんだったら、正直に言った方が、いいと思うよ」
振り向くと、いつになく真剣な妙子ちゃんの眼差しと視線がぶつかった。胸元できつく両手を握り合わせて、妙子ちゃんがあとを続ける。
「……ちゃんと言葉にしなきゃ、伝わらないこともあるんだよ。ひょっとしたら……どこかで大事な何かが、擦れ違ってるかも、しれないんだから」
私は答えずに、ただじっと妙子ちゃんの目を見つめた。その後ろから顔を覗かせる青柳氏も、珍しく何の茶々も入れてこない。
こんなバカップルにも……乗り越えてきた苦難の歴史があるのだろうな。
私はようやくにこりと微笑んで、ありがとうの言葉を告げた。
「覚えとく。ありがと」
さよならでもなんだっていいから
とにかくたまっていたこの思いをすべて吐き出してしまおう、と思った。